一向に上達しないデジカメを携え今日もいくいくナチョパパ日記


by nachopapa
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清い心が…

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ただひたすら…待っているのだ(⌒~⌒)ニヤァ




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こんばんはナチョパパです。


いやぁ~今日もひたすら寒い日でした。
窓から差し込む光は完全に「春」なのですが、風が「極寒」なんです。
気のせいかな?って思っていたら、今日の最低気温が0.2℃ということで
この冬一番の寒さだったようです。


さて今日のお写真ですが…ブログ「今日 何する?」のkannaさん
作っていらっしゃる「ラムレーズン」が非常に美味しそうで(苦笑)
お酒も飲めない私ではありますが、影響されて作ってみました。


本当は一週間ぐらい掛けて、ゆっくりレーズンを戻していくと長期保存
も出来て良いらしいのですが、kannaさんのお写真を見て無性に
食べたくなって「早く食べたい」ってσ(^◇^;)エヘヘ kannaさんの
アドバスによって一回沸騰したお湯で湯通しをして…ラム酒に漬けました。


後はひたすら2、3日待つのですが…自分でもお酒が飲めないのに
良くやるなぁ~と思うナチョパパでありました。



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えっと今日も午前中(9:30~10:30)に教会学校に行っていました。
いわゆるキリスト教の日曜学校です。


何度も書いているので詳細は省きますが、娘の幼稚園の教育方針が
「日曜日にはお近くの教会に通ってください」という事で、昔のラジオ
体操の手帳(カード)みたいなモノを配布されて、そこに判子だのシール
だの(教会によって色々違います)を貰って、学期末に幼稚園に提出する
のです。


強制と言うか…任意義務みたいなものでしょうか?


そもそもが大学まで続く私立の幼稚園なので、何か特別の問題がない
限りはそのまま上に進学していく事になります。
その学校がキリスト教系の学校だったって事なのです。


こんな事ですから、「信心」って言うものが在るのかどうかは?また別の
問題で、この四月から通う初等部も、中等部も…その後もこの学校の
教育方針に従って行くつもりなんです。
(※教会学校に親も一緒に通うかどうかは別)


ナチョはこの4月から初等部ですから、考えてみると…かれこれ
もう3年も子供に付き合って教会学校に通っている訳です。
雨でも風でも…夏の炎天下でも、冬の極寒の中でも。


父兄(親御さん)の考え方でもありますが、入園する時の面接で説明を
受けていましたし、それを了承して入園したのですから…
「受かっちゃえば良いや」
って言うのも、ちょっと嫌なので…余程の事がない限り、欠席せずに
真面目に通った三年間でした。


多分クリスチャンでもないのに、こんなに真面目に通った親も珍しい
部類だと思います。


そしてこの三年間、真面目に教会学校に通って…ボクって本当に
神様から遠い所にいるなあ~ 心が汚れているなぁ~と改めて思って
しまったのです。


いや牧師さんのお話しを聞いていると、実に良いお話も沢山あるのです。
こう…なんと言うか…心が洗われると言うか、「あーそーだよな」って
思うこともあるのです。





こう



全般的に



「そりゃ~ねーだろ」って思いが常に心の中に渦巻いているんです。



三年間も毎週通っていて、中には目覚めたりする人もいるのです。
ところが僕は何か心の何処かで「有り得ないだろう」と反応している
のです。


反抗じゃないですよ…ひたすら「えーそれは嘘だろぉ~」と素直に
反応してしまうんです。



だって一欠けらのパンと二匹かそこらの魚を千人位の人に配ったり、
ぶどう酒を振舞ったりするんです。


いや旧約聖書のモーセがイスラエルの民達を…カナン(地名)に連れて
行くのですが、追っ手が迫った時に…海がガバァーーーと割れて道が
出来て、モーセ達が渡り切ると…また海が元に戻って、追っ手達が
その波に飲み込まれる…って話があるのですが、コレもどーなの?
って思いながらも、百歩譲って、コレが何か天変地異の様子の一場面
だった時の様子が、歴史を重ねることにキリスト教に組み込まれたって
ことなら、それはそれで良いんです。


伝承される多くの話はそういうことがまましてありますから。


でも限られた食料が数人近い人に配られる…ってことになると、
ちょっとなぁ~って思うのです。


いや僕の心の汚れているなって所は…こういう話を聞いている時に、
周りにいる信者の方々を見て
「まさかこの人達、本気で…いやどういう風(どう合理的に理解して)に
この話を聞いているのだろ?」
「本当にこの話を事実として信じているのだろうか?」
って思ってしまう所なのです。







僕はまだ3年間ですが、この教会に何年も通っている人達がいる訳です。
そういう人達って…本当に毎週来る訳です。
それぐらい通えば…こういう様な話にも納得できるので切る日が
来るのでしょうか?
ナチョパパもほぼ毎週来ているのに、全く…全然…「これだ!」って
納得できない訳ですよ。


言って置きますが…キリスト教の否定ではないですよ。
そういう意味では多分…僕は何かを信じる事が出来ないキャラなんだな~
って改めて思ってしまったのです。


因みにキリスト教の中でこんな場面があるんです。


キリスト教の信者が自分の土地に戻り、そこでその土地を取り戻す為に
そこにいた人を皆殺し…殺戮をするんです。


女も子供も何もかも…全てを殺戮し、そこを国土とするんです。


キリスト教的な解釈からするとそれは悪い事でもなんでもないのですが
ボクにとってはもの凄く衝撃的な内容でした。


この基本が現代の戦争にも精神性として流れている…みたいな難しい話は
置いておいて、神が許可したものは殺しても良いって発想が怖くて
何かこう…釈然としないのです。



んじゃなんで娘をキリスト教系の学校に入れたのか? って事になるの
ですがf^_^;)アセ


事の真偽はともかく…「心の拠り所」って言うか「生きていく時の指針」が
どこかにあって欲しいと思うのです。
もちろんキリスト教の奥義がどうだとか…そういう事は彼女が大人に
なった時に考えて欲しいのです。

でも普段の生活で「自分だけじゃない価値観」みたいなもの…仏様でも良い
ですし、日本の神様でも良いので、人間では何とも出来ない「大きな意志」
みたいなものは感じて欲しいなあ~と思ったのです。


小さい時に「嘘をつくと神様が見てますよ」「閻魔様に舌を抜かれますよ」
でも何でも良いんです。
それがたまたま今の幼稚園のキリスト教だったって事だったんです。





何度も言いますが、キリスト教の説教(って言うのでしょうか? 牧師さん
の話ですね)で良い話も一杯あるので、否定ではないです。


洗礼が受けれるほど信じきれない自分の話をしました。
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by nachopapa | 2007-02-25 19:22 | 今日という日