一向に上達しないデジカメを携え今日もいくいくナチョパパ日記


by nachopapa
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『自由と言う縛り』 vol 3

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しかし…凄いもの 作ったな…f^_^;)アセ




こんばんはナチョパパです。




えっと・・・話しに入る前に・・・車の色の話なんですが、調べてみると・・・
メルセデスベンツも日本のディーラーで普通に買える色以外に、
時間の猶予(発注から3ヶ月~6ヶ月間)さえ有れば、本国で売っている
色(内外装共に)全てが、日本から発注できるそうです。
もちろん・・・内外装の組み合わせも利くようです。


またポルシェに関しては、色見本さえきちんと提示すれば、
オーダー色として『何色でも可能』・・・つまり無限に色が指定できる
様です。


なんだか凄いです。


☆☆☆☆★☆☆☆☆★☆☆☆☆★☆☆☆☆★☆☆☆☆★☆☆☆☆★☆☆


さて・・・話をググッと元に戻して。


このブログのきっかけであった『音のセッティング』にしても
『車の色(組み合わせも含む)』にしても、選択肢が限りなく広がって
行くと、自由になるどころかむしろ『選べない』というような状況から
自由でなくなってしまう・・・というようなことを書きました。


それでフッと・・・『自由である』って事は、戦後最も重要な『理念』だと
言われてるけど…じゃあこの場合の『自由による困惑』は無いだろうか?
と…。

つまり、色選びが自由になることで混乱したように、自由である事が
・・・世の中の混乱を生んではいないかな? って思いに至ったんです。


もしかしたら、話の筋が間違っているかも知れないのですがf^_^;)アセ
ついこの間まで「ゆとり教育」みたいなことで、学校の勉強でさえ
学校やその地区の自由裁量の幅を広げよう!みたいな動きがあったじゃ
ないですか。


でもやってみて・・・色々問題が出てきたので、再度見直しを図り始めて
います。
※あのぉこの制度を批判しているのではなく・・・いかに多くの人間が
自由裁量という環境になると・・・的が外れていってしまうのか良い例だと
思ったのです。この「ゆとり教育」だって理念は真っ当なんです。
ただ裁量権を与えられた人が、その根本理念をどう理解し、どう実行
して行くのかってって明確なビジョンが、発案者と共有出来なかった
のだと思います。



ウーン…例えが難しいなあ…


例えば…

電車の中で床に座る高校生を見て「迷惑を掛けなきゃ自由だろ」って
スタンスや、「働こうが働きまいが自由だろ」ってスタンスも、自由
ってスタンスから見ると、まさに自由なんです。


でもここに一定の縛りが無いと・・・人って困惑してしまうのかと。



何故なら…何故か『自由』ってただそれだけで
『絶対的な正義』
だと思われているからなんだと思った訳です。
言い換えれば…『水戸黄門の印籠』と言うか。


もちろん「じゃぁ、条例や法律でがんじがらめで、国家とか社会に
かんじがらめで良いのか?」って詰め寄られちゃうと・・・とても困るの
ですが、少なくともある程度の規制の元で無いと、人はとても生き辛く
なるのかも知れない・・・と。


ただここで警察国家のように罰則や法律で「床に座らせないようにしろ」
とかそう言うことではないのです。
もしここに縛りがあるとしたら、文化とか社会通念とか、倫理とか
そう言う「道徳」による縛りかなあ~と思ったのです。







えっと…ここまで書いて思ったのですが、


ってところで続きはまた明日σ(^◇^;)エヘヘ


※ちょっとリコメント…遅くなりますm(_ _)mペコリ 明日…
かなぁ σ(^◇^;)エヘヘ

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by nachopapa | 2007-02-09 23:27 | 東京の断片